> インタビュー > 松本料理学院学院長:松本嘉代子さん
が幼かった頃、沖縄では多くの家庭が豚を飼っていました。様々な行事を旧暦で行う沖縄では、お正月も旧正月。
旧暦のお正月が近づくと、暮れには飼っていた豚をつぶして各ブロックに分け、料理するのです。
沖縄の方言で、お正月は「ソーグヮチ」、豚は「ゥワー」といい、お正月の豚は「ソーグヮチゥワー」と呼ばれていました。食べる物がなかった終戦直後、毎日の主食は芋で、豚はとても貴重なご馳走でした。
肉や脂身はもちろん、足、チラガー、内臓、血液にいたるまで、すべて無駄なく食べつくしたものです。
当時の豚は島豚(黒豚)と云われ、旨味が濃厚で、とても美味しかったことを覚えています。
写真はイメージです。
また、新鮮な血液はせん切り(切り干し大根)と一緒に炒め煮にして「血イリチー」に。
脂身は大切なラードとしてコクを加える調味料に。冷蔵庫のない時代なので、三枚肉は「スーチキー」という塩漬けにして長期間保存し、節目(しちび)折り目(ういみ)に、行事食としても重宝して、大切にいただいたものです。
豚足は、腿より下の「足テビチ」も、蹄に近い「チマグー」も、表面を丁寧に処理してから煮込み料理に。
大腸、小腸、胃などの内臓は「中身」と呼び、小麦粉でもみこんでシコシコときしむまで洗った後、3回ほどすすぎ洗いをしますが、当時は裂いた芭蕉の皮とともにバーキ(かご)に入れ、足で踏み洗いして処理され、油で炒め、更に茹でこぼしを行いながら柔らかく茹で「中身の吸い物」に。
肝臓は「チム」と呼び、ゆがいて塩をつけていただくお正月料理にしたり、「グーヤーヌジ(腕肉)」と島にんじんを加えて一緒に煎じ、貧血に効果のある「チムシンジ」という汁物に。
「ミミガー(耳の皮)」は、茹でて薄切りにしてピーナッツバター酢であえて耳皮さしみに。
「チラガー(顔の皮)」は茹でて「クーブイリチー(昆布の炒め煮)」や「せん切りイリチー(切り干し大根の炒め煮)」に加えたりして使いました。
沖縄では「豚の鳴き声以外は、すべて食べ尽くす」といいますが、まさにその通りですね。
現在でも、沖縄のお正月は、お雑煮ではなく、豚肉を使った料理を食べます。
内臓を使った「中身の吸い物」、肉のついたあばら骨と大根を煮込んだ「ソーキ汁」、猪の代わりに豚肉を使い、たくさんの具(豚三枚肉、椎茸、こんにゃく、カステラカマボコ)を短冊に切って甘口の白みそでこってり仕上げた「イナムドゥチ」など。いずれかを、各家庭の伝統に従って作るのが定番です。
これらの沖縄の伝統料理に共通しているのは、実に上手な豚肉の使い方をしている点です。
まずは、豚肉の旨味を他の食材に移して使う調理法である。
ジューシー(炊き込みご飯)、チャンプルー(炒め物)、ンブシー(味噌煮)、汁物など、豚肉を用いる沖縄料理の多くが、豚肉単体の料理はほとんどなく、他の食材と組み合わせるメニューがほとんどです。
たとえば、いかすみ汁でも、ほんの少し豚肉を加えることで、ひときわ美味しくなる味の決め手になっています。
そして、昔ながらの調理法では、必ず豚肉を下ゆでしてから使っていること。脂が多い三枚肉も、1時間ほど下ゆですることで、アクや余分な脂肪分がとり除かれ、ヘルシーで上品な味わいになります。
伝統的な調理法で作った「ラフテー(皮付き三枚肉の角煮)」は、柔らかで、脂っこさも感じません。
さらに、豚肉を昆布と一緒に煮ることで、旨味の相乗効果を生み出し、「アジクーター」になっていること。
「アジクーター」とは、「濃厚な味」という意味で、決して「味付けが濃い」という意味ではありません。
むしろ、豚肉やその骨から出る旨味に、かつおだしや昆布の旨味、野菜の旨味が加わることで、濃厚なコクとなり、その分、塩分を減らすことができるのです。
こうした豚肉の調理法は、沖縄独特の食文化から生まれ、先人の残してくれた大切な食文化遺産です。 昔ながらの沖縄の味を体で覚えている人々が少なくなってきた昨今、本来の琉球料理の調理法でいただきますと、豚肉と共に野菜の量もたくさんとれ、長寿県の維持に繋がっていくと思います。
沖縄の伝統料理を守り伝える料理研究家。
NPO 日本食育インストラクター1級
教員認定資格 特別師範
著書に「沖縄の行事料理」「ゴーヤー料理60 選」「おきなわの味」などがある。
昭和44年 松本料理学院 開校
平成11年 厚生大臣表彰(栄養指導業務)
平成20年 日本食生活文化財団より食生活文化賞(教育功労賞)
平成24年に沖縄県文化功労賞を受賞。