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インタビュー

琉球大学名誉教授:尚弘子さん—食肉×歴史

豚は沖縄の食文化が誇る最高の宝

私 縄の歴史の中で、豚肉が果たす役割は、食文化においても、栄養学的にも、とても大きいものです。とはいえ、その伝来はそんなに古いものではなく、1392年に中国からの帰化人とともに沖縄へ渡ってきたといわれています。しかし、人が食べる物にさえ事欠く時代だったため、豚が沖縄に定着することはありませんでした。

ソーキ骨のお汁/イナムドゥチ/クーブイリチー/せん切りイリチー/中身の吸物
写真はイメージです。
やがて時を経た1605年、琉球の官吏である野國總管が中国福建省からさつまいもを持ち帰ったことで、沖縄の「いも豚文化」が始まります。亜熱帯の沖縄では、稲は台風の強風で倒されてしまいますが、土の下で実るさつまいもなら被害も少ない。さらに、いもだけではなく、地面の上で育つ葉も食用になる。そのうえ、単位面積あたりのエネルギー供給量が米よりも高く、救荒作物としてもすぐれている。そうした理由から、さつまいもは沖縄に根づいたのでしょう。
さつまいもが豚の飼料に使われるようになり、ようやく沖縄で養豚が普及し始めます。質のよいいもや柔らかい葉は人の食用に、人が食べられない虫がくったいもや固い葉と茎は豚の飼料に。昔の人は、大きな鍋の底に虫がくったいもを並べ、芭蕉の葉をかぶせ、その上に人が食べるいもを並べ、水を加えて火にかけたのだそうです。すると、一度の調理作業で、虫くいいもは豚用の水煮になり、人間用のものは蒸したいもになる。見事な生活の知恵ですよね。
さつまいもという植物性食品を、豚肉という貴重な動物性たんぱく質に代える、いもと人と豚の無駄のないサイクルは、世界一だと思いますね。この琉球の「いも豚文化」は、のちに薩摩へ、さらには東南アジア諸国へと広がってゆきました。
 豚肉が沖縄の食生活に取り入れられるようになった結果、たんぱく質は抗体を作る素となるので、抵抗力が高まり、沖縄の人々は長寿になりました。また、豚肉をゆでた際、アクとともに浮かんでくる冷えて固まる脂肪は除去し、その下にリノール酸やオレイン酸などの不飽和脂肪酸が含まれているが、これも健康によい効果をもたらしたのではないでしょうか。このように、栄養学の観点から見て、豚は沖縄の宝なのです。
沖縄には古くから中国医学に基づいた「薬食同源」という考え方があり、豚の調理法にもその影響が見られます。たとえば、沖縄ならではの養生食のひとつに、シンジムン(煎じもの)があります。つまり煎じて汁を飲ませるもので、食材の組み合わせが大切だとされ、今なお広く普及している滋養強壮食「チムのシンジ」には、豚のチム(肝)と沖縄伝統野菜の島にんじんを使います。さらに、類を以って類を補う「以類補類」(注1)という考え方も定着しており、泌尿器系が悪い方や疲れ気味の方には「タキー(すい臓)マーミ(腎臓)シンジ」、咳など呼吸器系に問題がある方には「フク(肺)シンジ」、足や腰が悪い方には「足ティビチ(豚足)の汁物」が効くといわれています。近年、豚の細胞を人間に移植する実験が行われていると聞き、「やっぱり!」と思いました。豚の類を以って人の類を補うという方法が、現代医学の世界へ応用されつつあるのかもしれませんね。

尚弘子さん(イメージ) 最後に、私自身が今まで一番感動した豚肉料理は、私が嫁いだ尚家に伝わる、義姉(知名茂子)が作ってくださった「イチムイのカラシジー(五つ盛りの辛子たれ)」ですね。美食家として名高い、夫の父である尚順男爵のお気に入りだった古琉球料理をアレンジしたもののようで、ゆでた豚の肝臓や腎臓に、もやし、きゅうりなどを加え、辛子と三杯酢のたれを掛けた一品です。豚の内臓を使って、これだけ洗練された料理を生み出す沖縄の食文化は、本当に素晴らしいと思います。この美味しさだけは、どうしても真似ができませんね(笑)

注1)「以類補類」   
古代中国の食医の技術の一つで、動物(豚)の組織や器官で、それに類した人体の組織、器官を補うことができるという考え方。すなわち、人の悪くなっているところと同じ部位を食べて治すと言う食事療法です。

尚弘子さんプロフィール

沖縄県出身。米国ミシガン州立大学大学院栄養学専攻(修士課程)修了。
農学博士(九州大学)。
琉球大学名誉教授。元沖縄県副知事。
現在、沖縄科学技術大学院大学運営委員、沖縄県栄養士会名誉顧問、財団法人沖縄県文化振興会理事長他。
昭和33年、琉球王朝最後の国王である尚泰王の孫にあたる尚詮さんに嫁ぐ。著書は「南の島の栄養学」「暮らしの中の栄養学~沖縄型食生活と長寿~」など多数。

昭和53年 農林水産大臣賞
昭和54年 沖縄県知事賞
平成18年 瑞宝中綬章、日本栄養・食糧学会功労者表彰、沖縄県功労賞

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